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比叡の予想通り、比叡が唐杉の研究室に行くのをやめたとたん兄の機嫌はあっという間に直った。
確かに、あのマイペースに生きる唐杉と高雄とでは反りが合わないどころか反り返りすぎて交差しそうなほどに性格が違うだろう。
唐杉の研究室に行くのをやめて日が経つのにつれて比叡が高雄の研究室に向かう足も次第に遠のいていった。

代わりに比叡は図書館に足を運ぶようになった。
図書館に寄った帰りは必ずといっていいほど大学に程近い喫茶店により、借りた本の一冊を其処で読む。
夕暮れ時になると喫茶店の横を通り過ぎていく学生たちの流れに目を向けて時間をすごした。

やはり、大学に通う学生が羨ましかったのかもしれない。ショーウィンドウを眺めている時間も増えた。
煙草のにおいも以前ほど嫌いではない。

唐杉の研究室では何時だってふるい本のインクの匂いとすこし甘い煙草の香りが混ざっていた。

こうして、隣の席の男が吸っているタバコのにおいを感じるのは今でもすこし嫌な感じはするが、唐杉のところへ通っていた頃に来ていた着物に染み付いた甘い匂いを感じるのは好きだった。
窓の外の学生の流れを見つめていると、時折学生に混じって見覚えのある長い髪の男、唐杉が通り過ぎて行った。
どうしてだろうか、その姿を見つけた途端に比叡の目線はその横顔後姿に釘付けになり数分はその席で呆けてしまうのだ。

また、あの部屋は散らかっているのだろうかと思ってみたり、読んでいて分からない言葉があっても最初に“先生”である唐杉の顔が目に浮かぶ。

窓の外を通り過ぎていく唐杉の姿を見る、比叡がそんなひそかな楽しみを持った頃だった。


許婚の松原との正式な見合いが決まった。

 「先方の話では坊ちゃん、慶吾さんが是非にていっとるらしい。留学先から来週お帰りにならはるらしい。」

その話が持ち上がったのは比叡が外に出るようになって二ヶ月なろうとする頃だった。
比叡を外に連れ出すきっかけになったとも言えるあの捻挫は当に完治していた。
ずっと巻いていてボロボロになった包帯は今も比叡の文机の抽斗に大切にしまわれている。
ふいに浮かんだ唐杉の顔を頭の中から消すと、無理やり慶吾の顔を思い浮かべようとした。

「慶吾さんて、どちらの国に行ったはりましたんやったっけ。」

「フランスや。松原さんとこの洋菓子店を任されるらしい。会社全体の経営権は次男の雄也君がやるらしいわ。パティシエの修業にでとったらしい。」

「パティシエどすか。洒落た方どすねえ。」

そうは返事したものの比叡は洋菓子が苦手だった。
昔から比叡にとっておやつの時間といえば和菓子ばかりだった。
むしろ、洋菓子が苦手というよりは洋食そのものが苦手だ。

そういえば、唐杉の部屋に行ったとき一度だけ出してもらったお菓子は比叡の好きな店の金平糖だった。

ハ、と比叡はあわててその記憶を打ち消した。
今は唐杉の話ではない、将来の夫でもある慶吾の話をしているのだ。

「…うち、洋食なんて作れませんわ。パティシエ言わはるからには洋食のほうがよろしいんですやろ?」

「せやなぁ。佳代もほとんど洋食なんて作ったことあらへんやろうし。」

「お料理教室にでも通うた方がよろしいやろうか。」

今は佳代が料理の支度をしてくれるが、結婚すれば比叡が作ることになる。
もしかしたら先方も佳代のような家政婦を雇っているかもしれないが、すべて任せきりという訳にも行かない。

「まだ詳しいことはわからんけど、見合いがすんだらいろいろと決まっていくやろうからな。」

「……結婚か、何や実感ありませんわ。」

その言葉のとおり、比叡はまだ18歳だった。
時代遅れの花嫁修業をして毎日を静かに過ごしていく。
裁縫をしたり料理を作ったり華道や茶道に作法。毎日の数時間をそんな習い事をしてすごす。
余った時間は図書館に行ったり、喫茶店で本を読んだりして過ごす。

どうしてだろうか、見合いをすることは分かっていた。
だと言うのに比叡の脳裏に浮かぶのはさっきから唐杉のことばかりだった。

「兄さん、うち今日ちょっと疲れたさかい、もう寝ますな。」

「ああ、そうか。最近すこし無理をしていたかもしれないな。早く寝なさい。」

「はい、おやすみなさい」

「お休み。」

比叡は居間を出ると月に照らされた庭を見た。
比叡の部屋は二階の角にある。
この庭は比叡の部屋からもよく見えるのだ。
障子を開け放てば、月の明かりだけで部屋はうっすらと明るくなる。
例によって、比叡は電気をつけずに寝巻きに着替えた。
布団をしこうと襖のほうへ寄ったとき、比叡の目にあの日から衣文掛けにつるしたままの着物が映った。
本当ならこんなにも煙草のにおいが染み付いた着物など早くクリーニングに出さなければいけないのだ。
だが比叡にはその煙草のにおいが名残惜しかった。

もう煙草のにおいは嫌いではなくなったけれどまだ苦手だ。

けれどこの着物に染み付いた煙草の匂いは手放したくなかった。

手を伸ばして着物のたもとに鼻を押し当てる。着物からはあの部屋と同じ匂いがしていた。

「…先生」

そう口にして、切なくなった。

 
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