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一方縛られない男、唐杉黒羽は見事に縛られていた。
会食という彼にとって面倒かつ重要で省くことできないイベントに。

大学の給料はもちろんだが、唐杉個人の研究に対するスポンサーは名前も覚えていないこの男たちだ。
研究の価値を本当にわかっているのかどうだか…、男たちは偉そうに自分たちの知る知識をペラペラペラペラ馬鹿みたいに振りまいていた。
笑顔を張り付けて愛想笑いを振りまくのもいい加減疲れてきた。
もともとそういう分野は得意ではないのだ、と内心ぐちを零しため息をこらえる。
内庭に目を向けて時間をやり過ごそうとして、そこにありえない姿を見つけた。
同時に幸運だとばかりに笑みを浮かべる。

「申し訳ありませんが、少々席を外させていただいても?」

「おや、どうかされましたか?」

「いえ、同じ大学の教授の妹さんの姿がありましたので、挨拶を。」

失礼、といささかわざとらしく腰を上げると痺れた足に顔をしかめながら内庭へと出た。
若い男と一緒なところを見ると恋人か、そうでなくとも悪い仲ではないだろう。
邪魔をするのはやや気が引けるが、一時でもこの場から逃れたい唐杉にしてみればそんなことは知ったっこっちゃない。

「比叡さん」

「へぇ?」

振り返った比叡は、あからさまに驚いた顔をして目を見開いた。
なにせ、比叡の想像では今頃研究室にこもって紫煙をもうもうと室内に蔓延させているはずの男だったからだ。

「か、唐杉先生?なんでこないなところに」

「比叡さん、お知り合いですか?」

「へえ…その」

なぜか比叡は言いよどんだ。素直に兄の同僚であるといえばいいのに、なぜかそう言いたくなかった。
その代わりとばかりに唐杉が、いつものひょうひょうとした様子で口を開く。

「あぁ、私は彼女のお兄さんの同僚ですよ。今日はスポンサーの方との会食だったんですが、どうにもああ言った席は苦手でね。彼女を理由に少々席を外させていただいたんです。」

「そうでしたか、高雄さんの。僕は松原慶吾といいます。」

「唐杉黒羽と言います。彼女との関係を聞くのは、野暮というものですかね」

「いえ、彼女の交友関係は知っておきたいですから。僕は彼女の婚約者です」

思いがけず会話が弾む二人を見て比叡はやや疎外感を感じながら唐杉を見ていた。

なぜか、慶吾ではなく唐杉の方を。

会わなくなって久しいとはいえ何ヶ月も経ったわけではない、だというのにひどく懐かしく、偶然でも会えたことがひどく嬉しかった。
そして、慶吾と居るのを見られたことが、少し悲しかった。
それがなぜなのかは分からないが。

慶吾もある種の研究者である、それゆえに唐杉と気があったのか会話は盛り上がりを見せていた。そう長く時間稼ぎは通用しないらしいが…。

「唐杉君、そろそろ…」

「…はぁ、どうやらおよびのようですね。面白い話が聞けて楽しかったですよ松原君」

「ええ、こちらこそ。比叡さんの友人があなたのような方でよかった。」

えぇ、と肩をすくめ唐杉は背を向けると彼を呼ぶスポンサーの方へと戻っていく。
これを逃せば、もう話すことはできない…そう感じて咄嗟に比叡は声をあげていた。

「あ、あの!唐杉先生!!」

「…なんでしょうか?」

ゆるりとした動きで唐杉が振り返る。
どこか異国の雰囲気を漂わせるような顔立ちの男だが、いつもとは違いしっかりと身なりを整えスーツに身を包む唐杉の姿はこの場にしっくりとなじんで見えた。
まるで一枚のポートレートの様な光景に一瞬見とれて呆けそうになっていた比叡はあわてて我を呼び戻す。

「また、本をお借りに伺ってもよろしいですか?」

是とも否とも、返答を望んでいるつもりはなかった。唐杉なら嫌だとしても断ることはなく無言でどこかへ行ってしまうだろうと思っていたから。
唐杉は何を言い出すのか、とばかりに比叡を見つめて、そして肩をすくめる。

「ええ、お待ちしていますよ。」

其処に浮かぶのは、いつもの怪しげな笑みではなくふわりとほほ笑むような表情だった。

 
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さて、件の日曜日。比叡は落ち着かない様子で目の前に座るスーツの青年を見た。
慶吾は確かに上流階級を思わせる風格を持った青年だった。若い割にしっかりとはしている。しかし…

「それでですね、オペラと言うのは」

(この人、さっきから自慢ばっかりやわ…)

うんざりしたように比叡はこっそりとため息をついた。
そもそも、純和風の家で育てられた比叡と、海外をあちこち飛び回って育った慶吾とでは嗜好があう筈もない。
和菓子や和食が好きな比叡に対し、予想通り慶吾は自らの手がける洋菓子の話ばかりをしていた。

「何よりですね、あれほどの職人の技を間近に見れる機会などめったにありません。」

「すごおますなぁ」

慶吾は比叡の打つ相槌を自分の話が面白いからうたれる物だと思っていたが、実際のところ、比叡はすこし飽きはじめていた。その視線は部屋のすぐ傍にある内庭へ注がれている。

「どうなされました?」

比叡の相槌がやんだことに気づいたのだろう。かけられた声に比叡はあわてて慶吾に向き直った。

「い、いえ…見事なお庭やとおもいまして。」

内心しまったと思いつつ、無駄にごまかすよりも素直に答えた方がいいだろう、と比叡は再び庭へ視線を移した。

「ああ、私はあまり日本庭園を見る機会はないのですが、確かに趣があるものですね。」

「ええ、私の家は日本家屋なもので、こちらのほうが落ち着きます。」

「なら、すこし内庭を散策してみますか?」

「圭吾さんがよろしぃんでしたら。」

比叡は内心慶吾の洋菓子の話がやんだことにほっとしていた。
先に立つ慶吾の後から静々付いていき、不意に足を止めてしまった。

「どうかしましたか?」

「いえ…」

気のせいだ、比叡は自分にそう言い聞かせてまた話を始めた慶吾に相槌を打ちながら歩き始める。



比叡の足をとめたのは、ここしばらく聞いていない唐杉の声だった。

聞こえるはずのない男の声に比叡はどきりとした。

同時に男を思い出して、比叡は懐かしさと羨ましさがこみ上げてくる。
唐杉はきっと何かに縛られたりはしないのだろうと…。
きっと今日もあの甘い匂いのする煙草を口にくわえ、部屋に煙草の煙の霧をため込みながら研究にでも没頭している。
慶吾が嫌いなわけではないが…だが、何か遣る瀬無い、空虚な思いを抱えながら比叡は空を見上げた。
 

 

「っ…と」

唐杉は足にぶつかった荷物の山に顔を顰めた。
つい先日までこの部屋はもう少し片付いていたはずなのに、何時からこんなに散らかったのだろうかと思い返せばいつも出てくるのは小倉教授の妹の顔だった。
他人にあまり興味を持っていなかったためか、唐杉が特定の人間の顔を覚えるということはなかったが彼女の顔はすぐに思い出せた。
 
すこしのんびりとした彼女は思い返せば部屋に来るたびに少しずつ散らかっていた荷物を片付けて換気をしていた。
 
「すこし片付けないといけませんかねえ。」
 
持っていた書類をひとまず壁に貼り付けると、床に置かれた荷物の一つに手を伸ばした。
昔は散らかった部屋など気にも留めなかったが、一度綺麗な部屋に慣れてしまうとこんなにも不便に感じるのだろうか、と少しばかり忌々しく思ってしまう。
研究中の課題に生徒に出した課題やレポート、自分のまとめたレポートに色々と集めた資料やサンプルがほとんどこの研究室にある。
家に帰るよりもここのほうが作業が進むものだから泊り込むこともしばしばあった。

そういえば、最近彼女は姿を見せないなと気になってカレンダーを見た。

カレンダーは買ったときのまま、四月で時を止めている。
昔から時間などあまり気にもしなかったが、こんなに酷かったのかと改めて自覚させられた。
仕方なく普段からつかっているシステム手帳を取り出すと、改めて予定を確認した。
時間を気にしないとはいえまめに予定は確認していないと、それこそ忘れてしまうことがままあるからだ。

「…そういえば会食がありましたっけね。」

漏れるのはため息だった。
こういった人の集まりは苦手だった。
人あたりがいいとはいえない性格でも許されているのは今までに作った研究のレポートや実績のためだろう。
心底面倒くさいとは思ってもこちらの都合で蹴るわけには行かない。
「これも仕事だ」と思いなおし適当なメモに書き付けるとそれもデスクの前の壁に貼り付けた。

これが部屋を汚くする原因だとは気づいていない辺り、唐杉はいかに優秀といえど片付けの才能は持っていなかったのだろう。
しかし才能がなくても部屋は片付けなければ落ち着いて作業も出来ない。
やるしかないかと唐杉は一種の諦めの境地に至るとノロノロと床に置きっぱなしになっていた荷物を片付けるべくしゃがみこんだのだった。

 


比叡の予想通り、比叡が唐杉の研究室に行くのをやめたとたん兄の機嫌はあっという間に直った。
確かに、あのマイペースに生きる唐杉と高雄とでは反りが合わないどころか反り返りすぎて交差しそうなほどに性格が違うだろう。
唐杉の研究室に行くのをやめて日が経つのにつれて比叡が高雄の研究室に向かう足も次第に遠のいていった。

代わりに比叡は図書館に足を運ぶようになった。
図書館に寄った帰りは必ずといっていいほど大学に程近い喫茶店により、借りた本の一冊を其処で読む。
夕暮れ時になると喫茶店の横を通り過ぎていく学生たちの流れに目を向けて時間をすごした。

やはり、大学に通う学生が羨ましかったのかもしれない。ショーウィンドウを眺めている時間も増えた。
煙草のにおいも以前ほど嫌いではない。

唐杉の研究室では何時だってふるい本のインクの匂いとすこし甘い煙草の香りが混ざっていた。

こうして、隣の席の男が吸っているタバコのにおいを感じるのは今でもすこし嫌な感じはするが、唐杉のところへ通っていた頃に来ていた着物に染み付いた甘い匂いを感じるのは好きだった。
窓の外の学生の流れを見つめていると、時折学生に混じって見覚えのある長い髪の男、唐杉が通り過ぎて行った。
どうしてだろうか、その姿を見つけた途端に比叡の目線はその横顔後姿に釘付けになり数分はその席で呆けてしまうのだ。

また、あの部屋は散らかっているのだろうかと思ってみたり、読んでいて分からない言葉があっても最初に“先生”である唐杉の顔が目に浮かぶ。

窓の外を通り過ぎていく唐杉の姿を見る、比叡がそんなひそかな楽しみを持った頃だった。


許婚の松原との正式な見合いが決まった。

 「先方の話では坊ちゃん、慶吾さんが是非にていっとるらしい。留学先から来週お帰りにならはるらしい。」

その話が持ち上がったのは比叡が外に出るようになって二ヶ月なろうとする頃だった。
比叡を外に連れ出すきっかけになったとも言えるあの捻挫は当に完治していた。
ずっと巻いていてボロボロになった包帯は今も比叡の文机の抽斗に大切にしまわれている。
ふいに浮かんだ唐杉の顔を頭の中から消すと、無理やり慶吾の顔を思い浮かべようとした。

「慶吾さんて、どちらの国に行ったはりましたんやったっけ。」

「フランスや。松原さんとこの洋菓子店を任されるらしい。会社全体の経営権は次男の雄也君がやるらしいわ。パティシエの修業にでとったらしい。」

「パティシエどすか。洒落た方どすねえ。」

そうは返事したものの比叡は洋菓子が苦手だった。
昔から比叡にとっておやつの時間といえば和菓子ばかりだった。
むしろ、洋菓子が苦手というよりは洋食そのものが苦手だ。

そういえば、唐杉の部屋に行ったとき一度だけ出してもらったお菓子は比叡の好きな店の金平糖だった。

ハ、と比叡はあわててその記憶を打ち消した。
今は唐杉の話ではない、将来の夫でもある慶吾の話をしているのだ。

「…うち、洋食なんて作れませんわ。パティシエ言わはるからには洋食のほうがよろしいんですやろ?」

「せやなぁ。佳代もほとんど洋食なんて作ったことあらへんやろうし。」

「お料理教室にでも通うた方がよろしいやろうか。」

今は佳代が料理の支度をしてくれるが、結婚すれば比叡が作ることになる。
もしかしたら先方も佳代のような家政婦を雇っているかもしれないが、すべて任せきりという訳にも行かない。

「まだ詳しいことはわからんけど、見合いがすんだらいろいろと決まっていくやろうからな。」

「……結婚か、何や実感ありませんわ。」

その言葉のとおり、比叡はまだ18歳だった。
時代遅れの花嫁修業をして毎日を静かに過ごしていく。
裁縫をしたり料理を作ったり華道や茶道に作法。毎日の数時間をそんな習い事をしてすごす。
余った時間は図書館に行ったり、喫茶店で本を読んだりして過ごす。

どうしてだろうか、見合いをすることは分かっていた。
だと言うのに比叡の脳裏に浮かぶのはさっきから唐杉のことばかりだった。

「兄さん、うち今日ちょっと疲れたさかい、もう寝ますな。」

「ああ、そうか。最近すこし無理をしていたかもしれないな。早く寝なさい。」

「はい、おやすみなさい」

「お休み。」

比叡は居間を出ると月に照らされた庭を見た。
比叡の部屋は二階の角にある。
この庭は比叡の部屋からもよく見えるのだ。
障子を開け放てば、月の明かりだけで部屋はうっすらと明るくなる。
例によって、比叡は電気をつけずに寝巻きに着替えた。
布団をしこうと襖のほうへ寄ったとき、比叡の目にあの日から衣文掛けにつるしたままの着物が映った。
本当ならこんなにも煙草のにおいが染み付いた着物など早くクリーニングに出さなければいけないのだ。
だが比叡にはその煙草のにおいが名残惜しかった。

もう煙草のにおいは嫌いではなくなったけれどまだ苦手だ。

けれどこの着物に染み付いた煙草の匂いは手放したくなかった。

手を伸ばして着物のたもとに鼻を押し当てる。着物からはあの部屋と同じ匂いがしていた。

「…先生」

そう口にして、切なくなった。

 


同じように唐杉も、ここの所なんだか調子が悪い、と以前に比べてきれいになった部屋を見回しながら頭をかきむしった。

いつもここに来る小倉教授の妹は何かをせずにはいられないたちなのか、たまにきては少しずつ部屋を片付けていく。
彼女がこまめに換気もするようになった為か以前のようにタバコの煙が霧となって部屋の中にたまることもなくなった。
今のところ自分にとっての実害はないから放っておいたままなのだが実に変わった人材だ、とタバコの煙を思い切り吐き出しながら思う。

こういっては何だが唐杉は自分でもある程度のものはすべて持ちえた人間だと自覚していた。
研究者としていくつか賞もとったことがある、大学の教授としての地位もある、それに故郷には両親が残した遺産と今まで自分が溜め込んできた財産もある。

まあ、ないものがあるとすれば「豊かな人間性」というやつだろう。

短くなってきたタバコをもみ消し書かなければならないレポートでも纏めるか、と机に向かおうとしたとき。

本日二度目の軽快なノック音が聞こえた。

「開いてますよ。」

「失礼します。すんません唐杉先生。」

予想通り、部屋に入ってきたのは比叡だった。
唐杉はさっきまで考えていたことを隠すように来客用の笑顔を浮かべた。

「どうしました?何か忘れ物でも。」

「はい、先生にお借りした本をお返ししようと思てたんですけど、うち、すっかり忘れてまして。」

ああ、そういえばそんなこともあったか、と唐杉は比叡に差し出された本を受け取る。

「そうですか、別に今度でもよかったんですが。

「いえ、あんまり長くお借りするんも悪いですし。」

別にそんな気遣いは必要ないのに、ともおもったが唐杉は笑顔も崩すことはなく受け取った本を机の上へと置いた。

「わざわざありがとうございます。それより行かなくていいんですか?」

「え?」

「小倉教授のところですよ。途中で飛び出して私なんかのところへ来たらあの人怒ってるんじゃないですか?」

比叡はその言葉に青ざめることこそなかったものの引きつった笑みを浮かべていた。

「うちの兄が毎度毎度すんません。」

「いえいえ、別にかまいませんよ。それより早く行ってあげなさい。」

「はい、ほんなら先生。ありがとうございました。」

比叡は体よく追い出された、とはおもっていないだろう。
唐杉は扉の向こうに消えた彼女のことを瞬時に頭の外へ追い出すといすに腰掛け、本日何本目になるかわからないタバコに火をつけた。
廊下に出た比叡はそんな唐杉の心情など知るはずもなく、軽く首をかしげていた。

「先生…ご機嫌悪いみたいどしたなぁ。」

先ほどに比べると部屋の空気はぴりぴりと張り詰めているように感じた。
そういえば、ここの所理由もなく押し掛けていたような気がする。

「やっぱり、迷惑どしたんやろな。」

ふう、と息をつくと比叡はもたれていた部屋の扉から離れて歩き出す。

しばらく行くのは控えよう。高雄も正直なところいい顔をしていないのだから。
比叡は高雄の研究室に行くまでにぼんやりとここ数日のことを思い返していた。
自分がどんな表情を浮かべているのか、まったく考えもしないで。


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