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ちら、と視線を動かして横目に男の顔をうかがう。
ハーフなのだろうか、どこか日本人とは違う顔のつくりと、日にすける海の色のような目が比叡には珍しかった。

(あいにく、海なんて写真でしか見たことあらしませんけど…)

「・・・此処の学生ではありませんね。」

「え?は、はい。」

どうもこの男と話すのは調子が狂った。
やたらのどが渇いて息が詰まる。
だが、嫌いなはずのタバコのにおいは殆ど気にならなかった。

男は少し首を動かして比叡のほうに顔を向ける。

正面から見る顔はさっき見上げたときと同じ、冴えない男だった。
男はにやりと笑って比叡の顔をまじまじと見る。

「此処の学生は私が隣に座るとなればすぐに立ち去りますからね。」

なぜ?とは聞かずともなんとなく分かった。
存在感もその姿も、何もかもが視線を釘付けにするが、どうにも変わっているとしか言いようがない。
学生たちもみんなものめずらしそうに隣の男と比叡を見るばかりで近寄ろうとはしなかった。

「そう、なんですか。」

比叡もそう答えるしかなかった。
困っているのが見て取れたのだろう、ククッとのどを震わせて笑い始めた。
やっぱりおかしな人だ、と比叡は首をかしげる。一体何がおかしいのかが分からない。

「誰か生徒か教授のご家族ですか?」

「はい、古典文学らしいんですけど、小倉高雄て知ったはります?」

ああ、でもこれだけ広い学内だと教授同士でも知らない間柄が合ったりするんだろうか、と思ったのは口にしたあとだった。
しかし、意外にも男は目を丸くした。「小倉教授の」なんて呟いたりもしている。

「いや、まさかお目にかかれるとはね。」

その妙な言い回しに比叡は眉をひそめて首をかしげた。

「あの、兄が何か・・・?」

「いえ、ね。有名ですよ、あなたは。」

どうしてきたこともない大学で有名なのか。
まさか兄が妙なことをしでかしたのか、と比叡はいやな予感がした。

「聞きたいですか?」

「是非・・・」

あまり聞きたくなかったもののついその先を促してしまう。
なぜだろうか、男と話すのは比叡にとって久々に心が浮き立つような非日常だった。

「小倉教授のデスクにね、飾ってあるんですよ。あなたの写真が。」

「うちの?」

ええ、と男は頷くとまたクククと笑った。

「男性教授は見るだけで怒られますよ。『お前たちが見ると減る!!』ってね。」

一体何が減るんだか。比叡はあまりの過保護ぶりにカァと頬を真っ赤に染めた。

「兄がすんません。どうにも小さい頃から過保護みたいで。」

「いいじゃないですか。仲がよくて。」

自然に返されたその言葉に、「そう思いますか?」と尋ねると男はゆっくり頷いた。
昔から兄の過保護ぶりにたまに恥ずかしくなってしまうときがあるが、こんな風にいわれればやはりうれしくなる。

「比叡っ!」

耳に届いた聞きなれた声に比叡は顔を上げた。
見れば高雄が向こうから走ってきていた。それと同時に男が立ち上がった。

「さて、怖いお兄さんに怒られる前に私は退散するとしますかね。」

「え?あ、あの?」

「では」

男は軽く頭を下げるとタバコをもみ消してもと来た方向へとよれよれの白衣を揺らしながら歩いていってしまった。

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久方ぶりの町の喧騒に比叡はものめずらしそうに辺りを見回しながら歩いていた。
比叡がいつも着ているのは呉服屋に仕立ててもらう上等な着物ばかりでブティックに足を運んだことなど一度もない。
テレビもニュースばかりで唯一同年代の少女たちと交流のあった高校まではその話を級友にするたびに「つまんなくない?」と尋ねられたりもした。
高校は全寮制だったが、小型のアンテナテレビくらいなら持ち込めたし、比叡と同い年の少女たちはDVDプレイヤーも持ち込んで流行のドラマを世間より少し遅れて見るのが其処での「普通」だった。
 
確かに、小さい頃は絵本のお姫様にあこがれもしたし、それなりにアニメや子供向け番組にも興味を持った。
しかし兄も学校に行く以外は殆ど着物で、家でついているテレビ番組がニュースばかりだということを別に不思議にも思わなかったし嫌とも思わなかった。

それが自然だと思っていたから。

 幼い頃に他界した両親の写真を見ても洋服を着た写真というのは両親が学習院に通っていた頃までのこと。
結婚以降の写真は一枚も洋服で写ったものがなかった。

別に着たいという訳ではないがきらびやかで派手なスカートやチュニックを見ているとなんだか楽しくなり、一人笑顔を漏らしながら兄の働く大学への道のりを歩く。
限られた自由という時間を好きに使うことが今の比叡にとっては一番有意義なことだった。

電車に乗り、商店街を抜け、街路樹と街頭が交互に並ぶ道を過ぎるとようやく学校が見えてきた。
大学に通わない比叡はその大きさに目を丸くした。
彼女の通っていた高校は私立の全寮制とはいえこれほどまで大きくはなかった。

「すごい」と思わず口に出して警備員の男性に少々怪訝なまなざしで見られれば肩をすくめて急いで校門を通り過ぎる。

 昼前だからか、講義のない学生たちがちらほら見えた。
校内に置かれたベンチに座るカップルや、喫煙スペースなのだろう狭い東屋でタバコを吸う講師もいる。
比叡も空いているベンチを見つけると其処に腰掛けて巾着に入れていた携帯を取り出した。
電話帳の一番最初に入っている兄の番号をプッシュすると携帯を耳に当てる。

 ちょうどその時、比叡の視界に奇妙な男が映った。
特に目立つ恰好をしているわけではない。しかし存在感はその場にいる全員を霞ませるほどだった。
『比叡、ついたんか?』 

耳に届いた兄の声に比叡は我に返った。

「は、はい!」

『?どないしたんや、比叡』

「え?なんもあらへんよ。今、校門からすぐのベンチに座ってる。」

『分かった、すぐ行くしまっときや。』

その言葉を最後にすぐに切れた通話。比叡が携帯から耳を離し顔を上げるとさっきの男と目があった。


耳の奥でざあっと液体の流れる音がする。


男は少し辺りを見回した後比叡に近づいてきた。

よれよれでいろんな染みのついた白衣。

ぼさぼさで縛りもしない長い髪。

無精ひげを生やしたままでかけているめがねは少し曇っていた。

お世辞にもいい男とはいいがたい。

しかし、存在感は圧倒的だった。
目の前に立つ男に比叡は視線を奪われる。

「ここ、いいですかね。」
「え?」
指差されたのは自分の隣の開いたスペース。

胸ポケットからタバコを出して見せているところを見ると休憩を取りに来たのか。
確かによく見れば比叡の座る場所の反対位置に吸殻入れがおいてあった。

「ど、どうぞ・・・」

「どうも」

比叡がわずかに身を動かしてスペースを作れば男は遠慮なく其処にどっかりと座り、タバコを咥えると火をつけた。


 



 

電話。といってすぐに思いつくのはプッシュホンの家庭用電話。
それも楕円形のボタンで、子機も数台ついている電話だ。

しかしその家に鳴り響く電話の呼び出し音は今ではありえないほど古めかしい、「黒電話」のベルだった。

ジリリリ、とけたたましく鳴り響く音に「はいはーい」と軽快な返事をして着物を着た小柄な女性が歩いてきた。受話器を持ち上げると、これまたありえない「チン」という高い音がする。

「はい、もしもし小倉ですが。」

『比叡か?』

「あら、兄さんやないの。どないしたん?こんな昼間から」

女性の名前は比叡らしい。和服によく似合っている関西弁が小さな口からやわらかく流れる。

『ああ、実は書斎の机に今日の講義で使う書類忘れたんや。すまんけど佳代さんに言うて届けてもらえへんか?』

 電話口から聞こえてくる声が呼んだ「佳代」というのはこの家の手伝い人だった。
初老の女性でこの兄妹がまだ幼い頃からこの家で働いていた。
 比叡は通話口をふさいで佳代のことを思い浮かべる。
今はまだ洗濯をしていたはずで、まだこの広い家の掃除も終わっていなかったはずだ。
 ふと、いいことを思いついたというように比叡は一人でにっこり笑うと通話口から手を離した。
 
「兄さん、うちがその書類届けたらあきません?」
 
『お前が・・・?』

思いもよらなかった、と向こうからの声のトーンが少し高くなる。

「へえ、佳代さんまだ忙しいみたいやし、兄さんの大学いっぺんみてみたいんよ。」

あかん?と比叡は少し甘えるように尋ねた。十も年の離れた兄はたいそう過保護で妹の比叡に甘かった。
ちょっとずるい、と分かっていながらも比叡は時々こうして甘えてみたりする。
しばらく、電話の向こうは静かだったがやがて「ふぅー」と大きなため息が聞こえてきた。

『しかたのないやっちゃな、ええで。せやけど場所分かるか?』

兄からの了承に比叡はにっこりと微笑んだ。

「へえ。わかります。ほな、今から持って行きまっさかいに。」

『分かった、ついたら電話するんだぞ?』

心配性な兄の言葉に、「はいはい」と返事を返してまた「チン」と受話器を下ろした。
さて、急いで準備しなければ、と比叡はひとまず佳代を探すことにした。
家を空けるのだから当然黙って出かければ彼女が心配する。
比叡は兄の部屋に足を運ぶといわれたとおり机の上においてあった封筒を手に取った。
部屋を出ると今度は裏庭に回る。佳代は比叡の予想通り、庭で洗濯物を干していた。

「佳代さん、ちょっとでかけてきます。」

ぱんっ、と洗濯物のしわを伸ばしていた佳代は驚いた顔で振り返った。
何しろ比叡が自分から出かけるというのはとても珍しいこと。
すでに許婚も決まっている彼女はもっぱら花嫁修業と称して家にこもりきりなのだ。

普段は佳代とともにこの広い日本家屋をくまなく歩き回りこまめに汚れをチェックしたり、生け花や作法などの勉強をしている。
旧家のお嬢様、という奴である比叡は一人で出かけることなどめったになかった。
とはいっても、使用人は佳代一人きり。
出かけるときはタクシーが基本だった。

「珍しいこともあるのですね。どちらへお出かけですか?」

佳代のそんな言葉に少し苦笑しながら手に持っている封筒を見せた。

「兄さんが書類忘れたんやて。ちょっと届けてきます。」

そんな「雑用」を口にすると、まあまあまあ、と佳代が声を上げた。

「それなら佳代がいたしますよ。」

「ええやないですか。あんまり出かけることもあらへんし、うちも大学見てみたいんよ。」

そうですか…?と佳代は少々不満そうだったが珍しく自分から外へ出たいと言い出したお嬢様の意思を尊重すべきか、と張り気味だった肩を下ろした。

「分かりました。タクシーは…」

「ええよ、自分でいけます。」

予想していた答えに佳代は苦笑した。

「では、気をつけて行ってらっしゃいませ。」

「はい、行ってきます。」

比叡は佳代に軽く手を振って玄関へ向かった。

カラカラ、ピシャンと引き戸独特の開け閉めの音に佳代は比叡が家を出たことを知るとまた洗濯物の続きを干し始めた。

 


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